虎の事件簿

No.25 バース問題と古谷球団代表の死

1988年5月6日、ランディ・バースの長男ザクリー君が体調を崩し、診断の結果「水頭症」であることが判明する。
やむを得ない事情から、球団は6月17日までに復帰することを条件とし、バースの一時帰国を認めた。
しかし、ザクリー君の病状の回復がおもわしくないのか、バースはタイムリミットになっても来日せず、今後の予定がまったく白紙状態だった。


1988年6月10日、阪神は球団社長に見掛道夫氏、球団代表に古谷真吾氏が就任することを発表した。
この古谷氏は球団代表に就任する前から一時帰国したバースの対応を担当していた。古谷代表を最も悩ましていたのが、バースが入団時に契約内容に組み入れた次の項目である。

家族が病気の場合、その治療費は球団負担とする

「水頭症」は、放っておくと植物人間になってしまう重い病気。治療法としてはラジウム照射があるが、この治療代が米国では年間1億円以上かかるという話だった。当然、入団時の契約内容に「治療費は球団負担する」とあるのだから、バースは球団側に治療費の支払いを求める。ところが、球団側は予想以上の治療代に態度を保留した。


1988年7月7日、古谷代表はバース問題解決に向け、渡米。しかしバース側との話し合いは平行線をたどったまま、何も進展はしなかった。
7月12日、古谷代表が帰国。7月18日、東京で開かれたオーナー会議にオーナー代理として出席。会議が終わった後、宿泊先のホテルニューオータニの高いところから飛び降り、帰らぬ人となった。
遺書が無いため、実際のところ死を選んだ理由は不明だが、バース問題が古谷代表に重くのしかかっていたのは事実だ。


1988年9月27日、ようやくバース問題が解決。バースは自由契約となり、球団は2億円近い金額を解決金としてバースに支払ったとされている。


水頭症

水頭症とは、頭蓋内に余分な髄液が溜まり脳室という脳のなかの部屋が拡大した状態を言う。
通常、脳の中心にある脳室というところで、脳脊髄液というものが作り出され、それは最終的に血管に吸収される。ところが脳脊髄液の血管への吸収が不十分であったり、脳室の中からの流れる道が詰まったりして、脳室内に大量に溜まってしまう場合がある。するとその脳脊髄液が脳を圧迫することにより様々な影響を与えることが考えられる。
ザクリー君の場合、目の状態がおかしくなり検査を受け、頭部のCTスキャンをした際に、そこに水が溜まっていることと、脳腫瘍が発見された。通常の3倍半もの量が溜まっていたらしい。まず水を取り除く手術が行われ、その後腫瘍除去の手術が行われた。そして放射線照射の治療が長い期間行われたという。そのあたりの経過はバースの記した「バースの日記。」に詳しい。


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