虎の事件簿

No.8 小山正明と山内一弘の「世紀のトレード」

阪神タイガースは1リーグ時代に4回の優勝を果たしている。しかし、1950年2リーグ分立後はなかなか優勝できず、ようやく1962年に15年ぶりの優勝を遂げる。この時は、小山正明27勝11敗、村山実25勝14敗と強力な2本柱を中心とした投手力が優勝の原動力だった。


ところが、リーグ1位のチーム防御率2.03に比べ、打撃面はチーム打率は.223、本塁打は藤本勝巳15本、ソロムコ14本、三宅秀史11本、並木輝男10本などを合わせて、わずかに64本といずれもセ・リーグ6チーム中5位。また、翌年1963年は打率.239はリーグ5位、本塁打95本はリーグ4位タイ。
クリーンアップの中心人物になるような打者が不在だったのが課題だった。


一方、1962年パ・リーグ4位に終わった大毎オリオンズは、チーム打撃成績.268はリーグ1位ながら、チーム投手成績3.71はリーグ最低。翌年1963年は5位に転落し、打率.246はリーグ3位、防御率3.05はリーグ4位だった。


大毎オリオンズの1963年の成績を見ると150試合64勝85敗1分。この85敗のうち26試合が1点差負け。しかもこのうち17試合が1点差の逆転負け。また、ローテーションの柱となるような投手も居なかった。
この分析結果に対し、当時の永田雅一オーナーが投手力強化が急務と判断するのは言うまでもない。


ちょうどその頃、次年度の契約で山内一弘は球団ともめていた。また、小山正明は前年1962年に好成績をあげながら、村山とのMVP投票で意外に差がついたことや、人気面で村山に劣ることなどで、阪神を出たがっていると言われていた。
そして、強力打者を補強したい阪神、ローテーションの柱となるような投手を補強したい大毎という両チームの思惑もあり、20勝投手と4番打者の大トレードが実現した。
1960年代から各球団のトレードが活発に行われるようにはなっていたが、大物選手同士のトレードは史上初。そのせいもあり「世紀のトレード」と表現されるほど世間の関心を集めた。


トレード発表の記者会見で小山は報道陣の質問に対して、次のように答えている。

11年間住み慣れたタイガースには愛着はある。だから数多くの思い出もあるが、昨年の優勝だけは一番印象に残っている。でもそれは過去の思い出として大毎のユニフォームを着た以上ベストをつくします」

移籍後初年度1964年の両者の成績だが、
小山は30勝をあげ最多勝利投手を獲得し、防御率2.47はリーグ3位という好成績。しかしチームは4位だった。
山内は打率.257、本塁打31本、打点94はリーグ3位という成績で、阪神の優勝に貢献した。


なお、このトレードの後、阪神と大毎との間では、ソロムコと若生智男のトレードも成立している。


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