虎の事件簿

No.1 藤村富美男、本塁へ猛烈な体当たり

1948年10月3日 対巨人戦、阪神1点ビハインドで9回裏を迎えた。
二死から別当薫が二塁打、藤村富美男は敬遠の四球で歩かされるが、一塁二塁とサヨナラのチャンスを作る。続く土井垣武が多田文久投手から左中間を破るヒット。
二塁走者別当がホームインして同点、そして一塁走者藤村も本塁を突く。しかし、外野からの返球が早く、ボールが武宮敏明捕手のミットに届いた時には、まだ藤村は本塁から数メートル手前だった。


完全にアウトのタイミング。だが、藤村はそのまま突進。武宮捕手に猛烈な体当たりを浴びせる。
吹っ飛ぶ武宮捕手。藤村の体は武宮と重なりあって前のめりになっていた。
そして、両者の体が離れたとき、ボールが転がり出た。それを見た藤村はホームベースにしがみつく。
二出川延明主審は藤村の生還を認め、阪神の逆転サヨナラ勝ちとなった。
なお、体当たりをもろに受けた武宮は失神。担架で大阪医大病院に運ばれている。

今でこそキャッチャーに対して体当たりで突入するシーンは珍しくは無いが、当時そこまでする選手は居なかった。
当然巨人側は三原脩監督をはじめ千葉茂、川上哲治らが"守備妨害"だとして猛抗議。抗議は約45分も続いた。
しかし、二出川主審は三原監督に対して「提訴してもらっても結構」と言いはなって、判定を覆さなかった。

武宮敏明(たけみや・としあき)

熊本工−奉天満倶−熊本鉄道管理局−九州産交−巨人
熊本工では川上哲治の2年後輩。
プロ野球選手としての実績は、6年間で320試合・134安打。
引退後は1953〜1986年もの長きに渡り、巨人軍・多摩川寮の「鬼寮長」をつとめる。寮則に反した選手には、容赦の無い制裁を加えることでも有名で、若かりし頃の王貞治、柴田勲、堀内恒夫なども被害にあったらしい。

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