虎の事件簿

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No.1 藤村富美男、本塁へ猛烈な体当たり

1948年10月3日 対巨人戦9回裏、本塁へ突入した藤村は、猛烈な体当たりで巨人・武宮捕手を吹っ飛す。チームはサヨナラ勝ちをおさめるが・・・。

No.2 阪神と大陽の二重契約事件

1948年、北本重二選手をめぐり二重契約事件が発生。事務局が契約書類を受理したのは阪神の方が先だったが・・・。

No.3 2リーグに分裂、主力選手が移籍

1950年、2リーグ時代が幕開けする。しかし若林忠志、別当薫、土井垣武、呉昌征、本堂保次ら阪神の主力選手は・・・。

No.4 線審の煮え切らない判定にファン怒る

1953年7月23日 対巨人戦9回裏、金田正泰が右中間へ大飛球を放つ。線審の判定はアウトだが・・・。

No.5 球団初の放棄試合となった大阪球場事件

1954年7月25日 対中日戦、打者真田への三振の判定を巡り、藤村富美男は退場。しかし試合再開後、藤村は再び打席に向かう・・・。

No.6 藤村富美男監督 排斥問題

1956年、藤村富美男監督に対し、タイガースの主力選手の不満は、それまで水面下で揺れ動いていた。そして・・・。

No.7 村山実 涙の退場

1963年8月11日 対巨人戦7回裏、ボールの判定に納得のいかない村山実は球審に激しい口調で詰め寄る。そして・・・。

No.8 小山正明と山内一弘の「世紀のトレード」

1963年12月15日、プロ野球史上「世紀のトレード」と語り継がれた20勝投手・小山正明と4番打者・山内一弘のトレードが成立した。

No.9 2時間30分の中断、そして試合中止

1964年6月30日 対広島戦2回裏、広島・阿南のバント飛球の判定を巡り、阪神側の抗議が認められ、トリプルプレー成立と思われたが・・・。

No.10 阪神2度目の放棄試合

1967年9月23日、1回表の大洋の攻撃二死満塁、打者森中は三振の判定でチェンジと思われたが・・・。

No.11 バッキーの選手生命を断った乱闘事件

1968年9月18日 対巨人戦4回表、打者王に対し、バッキーは2球続けて危険なボールを投げる。王がマウンドに向かいバッキーに対し注意をした時・・・。

No.12 田淵幸一、人生最悪のデッドボール

1970年8月26日 対広島戦3回表、田淵幸一は広島・外古場から左側頭部にデッドボールを受け昏倒。全治3ヶ月の重傷を負う。

No.13 金田正泰監督 暴行事件

1973年、金田正泰監督に対する暴行事件が2度も起こる。1度目は鈴木皖武(きよたけ)、2度目は権藤正利によるものだった。その原因は・・・。

No.14 池田純一、世紀の落球

1973年8月5日 対巨人戦、阪神2−1で迎えた9回表二死1塁3塁の場面で、打者黒江はセンターフライを打ち上げる。誰もがゲームセットと思ったが・・・。

No.15 巨人のV9を許した日

1973年、阪神は残り2試合で1勝すれば優勝だった。しかし10月20日の対中日戦に敗れ、22日の巨人戦も0−9で完敗、そして・・・。

No.16 江夏豊、南海へ放出

1975年12月26日、日刊スポーツに「江夏豊 放出」の見出しが躍る。江夏は不信感を抱くが、球団はデマだと否定する。しかし・・・。

No.17 佐野仙好、フェンス激突事件

1977年4月29日 対大洋戦、阪神1点リードで迎えた9回裏、1アウト1塁の場面で、左中間の飛球を佐野仙好がフェンスに激突しながらも好捕。しかし・・・。

No.18 田淵幸一、西武へ放出

1978年11月15日深夜、小津球団社長は田淵を呼び出す。それは、またしても阪神の看板選手を他球団へ放出するトレード通告だった。

No.19 江川問題(空白の一日事件)

1978年11月21日、ドラフト会議前日いわゆる「空白の一日」を利用した巨人の江川卓入団発表は、以後80日間におよぶ大紛争の幕開けとなった。

No.20 江本孟紀の「ベンチがアホやから」

1981年8月26日対ヤクルト戦、先発・江本孟紀は8回表に捕まり、同点を許してしまい降板。投球数は150球を超えていた。

No.21 審判袋叩きで大醜態

1982年8月31日 対大洋戦7回表、藤田平の飛球がファウルと判定されると、これに激昂した島野育夫、柴田猛両コーチが、審判に殴る蹴るの暴行を加えてしまう。

No.22 醜い敬遠合戦

1984年、本塁打王を争う掛布雅之と中日・宇野勝は37本で並んでいた。残るは2試合。それは阪神と中日が対戦する試合だった。

No.23 掛布雅之の野球人生を変えた死球

1986年4月20日対中日戦6回表、掛布雅之は斉藤投手から死球を受け退場。この死球以降、掛布の野球人生は大きく変わる。

No.24 竹之内コーチ、シーズン途中退団

1987年6月6日 対大洋戦における選手起用に対し、竹之内コーチが吉田監督の采配に疑問を投げかける。しかし竹之内コーチの考えは否定され、そして翌日の試合前・・・。

No.25 バース問題と古谷球団代表の死

1988年6月10日、阪神の球団代表となった古谷真吾氏。しかし厄介な「バース問題」を担当していた・・・。

No.26 八木裕、幻のホームラン

1992年9月11日 対ヤクルト戦9回裏、八木裕の一撃は左翼手城の頭上を超え、レフトスタンドに飛び込む。平光塁審が右手をグルグル回し、誰もがサヨナラ勝ちと思ったが・・・。

No.27 阪神-巨人戦、両軍から退場者が出た乱闘

1998年8月2日 対巨人戦、8回表と裏の死球をめぐり、阪神、巨人両軍入り乱れての大乱闘に・・・。

No.28 渡辺省三スカウトの自殺

1998年8月31日、渡辺省三スカウトが神戸市のビル11階の屋上から飛び降りた。警察は飛び降りた現場に争った跡もないことから自殺と判断した。

No.29 元阪神メイの威嚇暴投

2000年6月7日 対巨人戦7回表、昨年まで阪神に在籍していたメイは、打席を外した和田豊の顔付近に向かって・・・。

No.30 新庄剛志FA騒動

2000年オフ、新庄剛志がFA宣言。阪神タイガース残留か、横浜ベイスターズまたはヤクルトスワローズへの移籍かで注目されていた。そして新庄の出した答えは・・・。

No.31 中日球団職員バス乱入事件

2002年5月26日 対中日戦9回表、打者矢野の時に乱闘未遂事件が発生。試合終了後、帰途につこうとしていた阪神のバスに・・・。

No.32 アリアスの背後を通過した大暴投は大乱闘へ

2002年7月25日 対巨人戦7回裏、巨人・入来の投じた球はアリアスの背後を通過する大暴投。アリアスがじわりとマウンドに歩み寄ると、入来がグラブを叩きつけ・・・。

No.33 星野仙一&田淵幸一 アベック退場

2002年8月23日 対巨人戦6回表、三塁ゴロの仁志選手に対する一塁セーフの判定に星野監督が抗議。暴言で退場処分となってしまう。それに怒った田淵コーチも・・・。

No.34 明大・一場靖弘投手への裏金授与問題

2004年、阪神が獲得を目指していたドラフトの目玉、明大・一場靖弘投手の巨人入りが確実と言われた頃、巨人の裏金授受問題が発覚し、一転阪神入り濃厚になるが・・・。

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