巨人・河埜選手の「世紀の落球」
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1985年4月16日 巨人1回戦(甲子園) T10-2G
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開幕の広島戦は、岡田の後逸で先制され、延長10回には二塁走者・北村が隠し球で刺され、痛恨のサヨナラ敗けとなった吉田阪神。 2戦目を1点差でなんとか勝ち、1勝1敗で迎えたこのシーズン最初の巨人戦だった。
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先発は、阪神・伊藤文隆、巨人・加藤初。 初回、四番・原辰則の犠飛で巨人が先制。4回には中畑清の本塁打で巨人に追加点が入る。 2点ビハインドで迎えた4回の裏、問題のプレーはおこった。
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四番・掛布雅之が2アウトから、加藤の2球目をライトスタンドポールの左側へ運んだ。掛布のこのシーズン第1号ホームラン。思えばこれが反撃の狼煙だったのかもしれない。
続く岡田彰布が四球を選ぶ。次の打者は佐野仙好。1−0からの2球目、ベンチのサインはスチール。岡田が走る。しかし佐野はその球を打ち上げてしまった。力なく上がった二塁ベース後方への平凡なフライ。それでも懸命に走る岡田が三遊間のあたりを過ぎた頃、捕球寸前だった巨人ショート・河埜のグラブからボールはこぼれた。落球。43000人の観衆のため息は歓声にかわった。 岡田がホームを駆け抜ける。同点。そして河埜がホームへ投げた球がそれる間に佐野は二塁へ進む。
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こうなってしまったら猛虎打線はとまらない。気落ちした加藤を一気に攻め立てる。
失策で出塁した佐野を二塁において、平田勝男が勝ち越しとなるタイムリー。続いてこの日マスクをかぶっていた木戸克彦がプロ入り初となるホームランで2点を追加。 さらに投手・伊藤が四球を選ぶと、真弓明信が2ランホームランで追い討ちをかける。 この回一気に7得点。そして加藤はマウンドを降りた。
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5回裏には死球の佐野の代走・吉竹春樹を塁において、平田がこの試合3本目となるヒットをはなち1点を追加。8回裏には四球の平田をおいて木戸がこの試合2本目となるホームランで更に2点を追加する。 大量点に守られ先発・伊藤は完投、結局10−2の大差でこの試合を制した。
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阪神はこの日からの巨人3連戦を3連勝で飾り、このシーズンの勢いにはずみをつけた。 21年ぶりの優勝を勝ち取ったこの年の猛虎打線に勢いをつけてくれたのは、この「河埜の落球」だったと言っても過言ではないはずだ。
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| 巨人 |
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1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
2 |
| 阪神 |
0 |
0 |
0 |
7 |
1 |
0 |
0 |
2 |
X |
10 |
勝利投手:伊藤/敗戦投手:加藤/勝利打点:平田1
本塁打:中畑2号(伊藤),掛布1号(加藤),木戸1号(2ラン,加藤),真弓3号(2ラン,斉藤),木戸2号(2ラン,金城) 盗塁:松本,平田/失策:河埜(2),佐野
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1973年8月5日、同じような出来事があったそうだ。この日と同じ、甲子園での対巨人戦。 9回表二死1、3塁。巨人・黒江の打ち上げた平凡なセンターフライを、センター・池田が転倒し三塁打としてしまう。悪夢のような逆転劇。この試合で低迷していた巨人は元気を取り戻し、最終戦で阪神を9−0でくだし優勝を決める。
(詳しくは、阪神タイガース 虎の事件簿「池田純一、世紀の落球」を参照。)
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河埜和正(こうの・かずまさ)
1951年11月7日生まれ/八幡浜工−巨人(1970年ドラフト6位で入団〜1986年現役引退)
右投右打/内野手 ベストナイン(1977年)、ダイヤモンドグラブ賞(1974年)/1985年当時の背番号は「5」 1986年度の某選手名鑑によると「モーニングコーヒーをじっくり味わうこと」が趣味らしい。
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