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阪神タイガース 思い出館

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1962年10月3日、2リーグ分裂後初の優勝!思い出館では、いつまでも忘れられない優勝が決まった日の試合を振り返ります。
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阪神タイガース トラライフ

優勝の決まった日

2003年9月15日
1985年10月16日
1964年9月30日
1962年10月3日
 No.4 : 1962年10月3日  広島26回戦(甲子園)

2リーグ分裂後、初のリーグ優勝!

1962年のシーズン、前年優勝した巨人は長嶋茂雄の不調もあり低迷、中盤以降は阪神と大洋の2チームで優勝を争っていた。
オールスター後は苦しい戦いの連続で、9月6日には主力の三宅秀史が、試合前の練習で投手の投げた球を目に受け負傷、その後の戦いを欠場。またそれまでフル回転の活躍をしてきた小山正明、村山実両投手に疲れが出てくるなどで、9月15日には6連敗を喫し、ついに首位の座を大洋に譲ってしまう。
しかし翌16日には首位奪回。この時点で阪神の残り試合は11試合だった。
9月25日からの首位決戦となる大洋2連戦は、村山・小山の両先発で臨んだ。
藤本定義監督は、この二人の投手を中心にローテーション通りの登板を崩さない方針で、3連戦のうち2つを小山・村山で確実に勝つというやり方だったのだ。
ところがこの大洋2連戦を小山・村山で落としてしまい、阪神は再び、大洋に首位を奪われてしまった。この時点で、大洋の残り試合は7、阪神の残り試合はわずか4だった。
9月29日から阪神は国鉄と3連戦、大洋は巨人と3連戦を戦う。
阪神は第1戦目を延長10回、西山和良の逆転サヨナラヒットで勝利。一方大洋は敗戦。阪神が首位に立つ。
2戦目は並木輝男の逆転3ランで試合を決め連勝。大洋は連敗。
そして3戦目も阪神は国鉄に勝利し、大洋は巨人に負ける。これで阪神のマジックが1となった。
そして迎えた10月3日、対広島最終戦。阪神先発はここまで26勝の小山。広島先発は池田英俊。
2回裏、阪神は二死満塁のチャンス、小山のセカンド内野安打の間に1点を先制すると、続く吉田義男が右中間にタイムリーツーベースをはなち3−0とする。
6回裏には、代打・滝田政治の2点タイムリーツーベース、四番・藤本勝巳のホームランなどで更に3点を追加。
投げては先発・小山が広島打線をわずか3安打に抑え、午後4時14分、最後の打者・平山智から8個目の三振を奪いゲームセット。
2リーグ分裂後、初の優勝を甲子園で決めた。
優勝が決まったとたん、ファンがグラウンドに飛び込み混乱状態。そしてファンと選手たちにより藤本監督の胴上げが始まる。
試合後、記者に囲まれた藤本監督はインタビューにこう答えた。
「この優勝は、すべてタイガースを愛してくださるファンのおかげです。」
この年の優勝を支えた2人の投手は二人合わせて52勝と大活躍。小山は27勝11敗、そのうち13勝は完封勝利で、沢村賞とセ・リーグ功労賞に選ばれた。村山は25勝14敗、防御率1.20で、最優秀防御率を獲得、更に最高殊勲選手に選ばれた。
広島
阪神
吉田は試合後、9月の負傷以来入院している病院のベッドの上で優勝の知らせを聞くことになった三宅を思い「三宅くんにも今日の喜びを与えてやりたかった。それが出来なかったのが残念だ。」と話している。
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