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阪神タイガース 思い出館

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1964年9月30日、土壇場で奇跡の逆転優勝! 思い出館では、いつまでも忘れられない優勝が決まった日の試合を振り返ります。
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阪神タイガース トラライフ

優勝の決まった日

2003年9月15日
1985年10月16日
1964年9月30日
1962年10月3日
 No.3 : 1964年9月30日  中日27回戦(甲子園)

土壇場で奇跡の逆転優勝!

この6日前、阪神は首位・大洋を2.5ゲーム差で追っていた。その大洋はあと1勝で4年ぶりの優勝を決めるところだった。この時点で、阪神は5試合、大洋は阪神との直接対決2試合を残すのみ。
両チームの直接対決となる天王山の試合は9月26日、ダブルヘッダーで行われた。
第1試合は、阪神はジーン・バッキー、大洋はこのシーズン21勝していた稲川誠が先発。ところが大洋打線はバッキーの前にわずか4安打しか出来ず、阪神が勝利。
続く第2試合は阪神・本間勝、大洋・高橋重行の先発で投手戦となったが、5回に大洋が先制。しかし阪神は変わった村山実が大洋打線の勢いを止め、藤井栄治の本塁打、山内一弘の適時打などで同点に追いつき、更に8回には大洋・稲川の暴投で阪神が勝ち越し。最後はバッキーがしめ、結局2試合目も勝利した。
そして大洋の自力優勝は消え、阪神にマジック2が点灯することになったのだ。
9月30日の試合もダブルヘッダーだった。
この時点で阪神は78勝56敗4分け勝率.582で首位。一方大洋は80勝58敗2分け勝率.580。首位・阪神と2位・大洋のゲーム差は0。阪神は1勝すれば優勝が決定、というところだった。
この日の対戦相手である中日には、18勝6敗とここまで圧倒していた。そしてダブルヘッダー1戦目、阪神の先発は中日に4勝0敗と相性のいい石川緑。中日先発は柿本実。阪神打線はこの柿本に初回から襲い掛かる。
1回裏、一死から、本屋敷錦吾がレフトオーバーのツーベースを放つと、続く山内はライト線へタイムリーツーベース。あっという間に1点を先制する。更に4番・遠井吾郎がセカンド・一枝修平の横を抜くヒットで2点目をとる。
4回表、中日は無死からアスプロがツーベースを打つも後ろが続かずチャンスを潰す。
その直後4回裏、一死から並木輝男がデッドボールで出塁。すると中日バッテリーは朝井茂治との勝負を避け敬遠。相手がくれたような一死一二塁のチャンスに、辻佳紀がしぶとくセンター前へテキサスヒットを放ち、1点を追加する。
さらに石川がバントで走者を送り、打順は一番に戻り吉田義男。ライト前に2点タイムリーをはなち、5−0とする。
5回表、ようやく中日が木俣達彦のツーベース、中暁生の犠飛で1点をとるが、すぐその後の5回裏、変わった水谷寿伸が連打され2失点、7−1と突き放す。
更に7回裏には、山内が中日の3番手・河村保彦からツーランを放ち、藤井・並木の連打でこの回3点を加える。
阪神先発・石川は、8回表に中日・マーシャルに一発を浴びるも、落ち着いたピッチングでそれ以上の得点を許さず結局、10安打を浴びながらも3失点で完投勝利を飾った。
阪神打線は14安打で12点と、大量得点でその優勝を手にした。
ちなみにダブルヘッダー第2戦は、中日・河村、阪神・古沢憲司が先発。阪神はレギュラーメンバーは出ずに試合に臨むも、好投する河村の前に四苦八苦の試合展開。結局最後はレギュラー陣が出場し、4−1で勝利。9月16日の中日戦から実に9連勝し、有終の美を飾った。
中日
阪神 12
試合終了後には、ファンがグラウンドになだれ込み、この年29勝をあげたバッキーと、22勝をあげた村山を胴上げし続けた。
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