選手名鑑 2006年




阪神タイガース 赤星 憲広

赤星 憲広(あかほし のりひろ)

  • 外野手(センター)
  • 1976年4月10日生
  • 右投げ左打ち
  • 愛知県出身
  • 大府高−亜大−JR東日本
  • 2000年ドラフト4位

2006年から阪神タイガース選手会長に就任。また、労働組合日本プロ野球選手会の副会長にも就任。
大学時代は東都リーグで48盗塁をマーク。2000年シドニー五輪の日本代表選手に選ばれている。
入団時の記者会見では「新庄さんの穴は僕が埋めます」と発言したが、穴を埋めるどころかそれ以上の活躍を見せている。
ルーキーの年から1軍出場を果たし、128試合で打率.292、盗塁39個を記録して盗塁王となり、新人王に輝いた。また、2本のサヨナラヒットを放った。
2002年4月18日対中日戦(ナゴヤドーム)で、自打球を右膝の下に当ててしまい、右脛骨骨折で戦線を長期離脱してしまう。同年7月23日対巨人戦(甲子園)で復帰。3ヶ月以上試合に出場できなかったが、それでも2年連続で盗塁王を獲得した。
18年ぶりのセ・リーグ優勝が決まった2003年9月15日に行われた対広島戦(甲子園)では、見事にサヨナラヒットを放った。
2004年シーズンオフに行われた日米野球では8戦中10安打7盗塁と大活躍。86年ぶりにワールドシリーズを制したレッドソックスの4番・オルティス内野手から「スーツケースに入れて帰りたいよ。お前なら入るだろ。メジャーに来るなら、絶対にウチに来てくれ」と賛辞を送られた。また、日米野球MVPに輝いたブルージェイズのウェルズ選手も、ヒーローインタビューで印象に残った選手として赤星の名を挙げた。
2005年6月15日対西武戦(インボイス)で、盗塁をした際に西武・中島裕之選手と交錯し、左脇腹の肋骨に3カ所のヒビが入ったが、痛みに堪えながら試合に出続けた。
同年4月にプロ野球タイとなる月間8度の猛打賞を記録し、自身初の月間MVPに選ばれた。また同年、セ・リーグトップとなるシーズン21度の猛打賞をマークし、2002年の今岡誠選手に並ぶ球団タイ記録となった。
ルーキーの年から5年連続盗塁王(プロ野球記録)に輝き、2003年、2005年にベストナイン、2001年、2003年−2005年にゴールデングラブ賞を受賞している。
球団史上最速の3年目で年俸1億円に到達。盗塁の数だけ、車椅子を送るボランティア活動にも熱心で、2004年オフにゴールデンスピリット賞の第6回受賞者に選ばれた。
恋人同士ではと見紛うほど、濱中治選手と非常に仲が良く、ベンチでは隣に座ることが多い。2003年のオールスターでは右肩故障で球宴を辞退した濱中治選手のモデルバットを使った。
野村克也監督時代に、藤本敦士選手、濱中治選手とのトリオで「平成の少年隊」と名付けられた。また、知る人ぞ知るF1セブン1号車。
元気の源は味噌カツらしい。

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