2002年オフに阪神に入団。 1987年ドラフト1位でロッテから指名される。1993年、日本最速となる158キロを計測。1994年に最多勝、1994年と1995年に最多奪三振、1995年と1996年に最優秀防御率のタイトルを獲得した。そして、1996年オフにメジャー移籍を希望して渡米。1997年からヤンキース、2000年からエキスポズなどでプレー。2002年はレンジャーズで開幕からストッパーを任されたが、7月に肺動脈血を患い、自由契約。 日本球界に復帰した2003年は13勝をあげ、阪神の優勝に大きく貢献した。
しかし、2004年は右膝の故障のため、わずか3試合の登板で0勝2敗に終わった。2年契約だったが、球団が違約金を支払って解除するバイアウトを選択。2004年10月5日に戦力外通告。
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